未知なる世界

By hinata, 2014年3月24日

 

 

 

ついにその時はやってきてしまった。

 

このクラブに入って何度新しいことにチャレンジしたのか、

たった1ヶ月、されど1ヶ月。

その中身は今までの1年分に値する程、中身の濃いものとなった。

 

初めての出会い、初めての動画投稿、初めてのセミナー、

初めての報酬、そして始めてのプレゼン。

 

ちょっとここで私の職歴を書いてみよう。

 

とにかく上京したい一身で、高校卒業と共に日本一の印刷会社へ入社。

そこでは印刷の仕組みや、本が出版されるまでの流れを教わることが出来たが、所詮大企業の歯車の一つ。

毎日のルーティンワークに耐えられなくなり4年で退社。

 

次に不動産の営業。

今は山手線くらいしか覚えていないが、当時は都内の沿線の駅名を言う事が出来、

どこからどの位の時間で行けるか把握していた。

とにかく刺激的だったが、途中から電話営業に回され、帯状疱疹になり田舎へ戻る決心をする。

この頃マルチに嵌ってしまい、借金を作ることに。

 

茨城の友人にその事を話すと、

「うちで飯炊きして」と一言。

彼女はスナックで働いており、生活が乱れるので、いつも食事には困っていたようだ。

私は彼女の家に居候しながら、たまにお店にも顔を出していた。

今考えると、結構バブリーな生活をしていたように思う。

 

そのうちに彼女の家から独立し、一人アパートへ。

昼間は置き薬の会社の事務をやりながら、夜は居酒屋やカラオケ店でアルバイト。

エステのお店にも事務で入ったはずが、実践をさせられた事もあった。

 

結婚出産と共に、一旦仕事は辞めるが、2人目を生んで幾らもしない内に、

野菜の加工卸会社に経理担当で入社。

ここで初めてWindowsを触る。

3年目に会社がある不祥事を起こし、それまでも会社経営に疑問があったので、退社。

 

この辺で唯一であろうサーバの管理会社へ勤めたりしたが、

経営者と馬が合わず半年で辞めたりしていた。

 

そして今の税理士事務所にたどり着く。

今年で7年目。

 

そんな職歴の私が、プレゼンと言う世界を知るわけもない。

ましてや人の前に立って話をする事なんて、ほぼ皆無。

 

このゴールデンクラブでは、毎月報告会があるのだが、報告するのは個人の自由。

しかし、この報告をするかしないかで、天と地程の実力に差が出るのではないかと、

メンタークラブの面々が仰っていたので、勇気を振り絞り出席と発表を申し込んだ。

 

それからはとにかく今までのメンタークラブ生の発表のビデオを見たり、

三浦さんから今までの資料を見せていただいたりして、

何とか自分の資料を作ることが出来た。

 

三浦組には発表前に資料の添削をしていただける特典があった為、

早速三浦さんに添削をお願いした。

 

「2月、、報酬1万〜〜〜??? 守り過ぎじゃない〜 追い込まないと

「10万」で

1日 5本×30日 = 150本  出来ない数字じゃない」

 

い、い、イエッサー!!!

 

現在動画本数50本 成果報酬53円。。。

 

 

一気に緊張が走り、不安の中新宿へ向かうのであった。

 

 

 

圧倒的な存在につづく

 

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